瀧の鮎について

『京都府相楽郡誌』及び『南山城村史』には、太閤秀吉公に上納されていた『瀧の鮎』の記録があります。

また、「鮎は木津川の上流笠置、大河原、高山の三村に於て多く漁獲せられ味美なるを以て聞ゆ」と記述されており、大正時代(相楽郡誌:大正9年刊行)においても、特に大河原産のアユが『瀧の鮎』と称されて奈良や京阪地方に輸出されていたと記されています。

出典:『京都府相楽郡誌』(1984年 臨川書店復刻版)122頁

瀧の鮎エリア


おおよその漁場は、木津川(長田川)と名張川が合流する夢絃狭から雌滝あたりまであり、大河原取水堰堤から約400m下流の地点から、水運の難所であった明神の滝と呼ばれる早瀬があります。この早瀬はアユが多数飛び跳ねて白く見えるほど多くて、網で捕獲できるほど漁獲高が多かった時代があり、明治時代には一日で十五石(約2,700リットル)を容易に漁獲できたようです。そして近年においても、このエリアで爆釣したお話をアユ釣り師から伺います。

※令和6年3月8日現在、このエリアは昨年の台風による崩土により、立ち入り禁止となっております。

情報提供のお願い


現在、『瀧の鮎』ブランド復活を目指して、情報収集及び現地視察等を行っております。ブランド復活により、アユ釣り人口の増加はもちろん、地域の特産物として歴史と共に多くの方にお届けしたいと考えております。

些細なことでも構いませんので『瀧の鮎』に関する情報をお持ちの方がおられましたら、ぜひご一報ください。お手間をお掛けしますが、木津川漁協事務局までご連絡頂けますと幸いです。

木津川漁業協同組合 事務局

TEL:0774-86-5403
FAX:0774-86-5404
お問い合わせフォームからのメール連絡でも構いません。

その他、参考情報など


『村へ行こう!』の”明神の滝”紹介ページでは、『滝の鮎』と表記されて江戸時代にはアユの群集地であったことが掲載されています。